アパートの騒音

「あのすみません」
小松は不動産屋のドアを開け、座っている女性に声をかけた。
「あ、小松さん。今日はどうしました?」
何か書き物をしていた女性は顔を上げてニッコリと微笑んだ。
「はあ、ちょっと騒音の苦情を言いに来ました」
小松は眉間にシワを寄せ、そう言った。
「そうですか。まあお座りください」
女性は顔色を曇らせ、席を立った。
お茶を入れながらこれ見よがしな大きなため息をつく。
お盆にお茶を乗せ、のろのろした動作で彼にお盆を差し出した。
小松はお茶を受け取った。
「では詳しくお話ください」
「はい。新しく入ってきた上の階の人なのですが、毎晩友達と騒いでいてとてもうるさいのです」
「毎晩ですか?」
「はい、そうなのです」
「そうですかー」
そう言って女性は手に持った鉛筆で髪の生え際をポリポリとかいた。
うつろな目つきで小松を眺めている。
「木造アパートですから。とても音が響くんですよ。足音とか怒鳴り声とか。ドアの開け閉めとか。はっきり言って地獄です」
小松は青ざめた顔つきでそう説明した。
「なるほどねー。で?」
「いや、で?じゃなくて、注意してやめさせてくださいよ。うるさくて夜も寝られないんですから!」
小松はカッとなってそう叫んだ。
「うーん、それはちょっと面倒くさいですね」
そういって女性はヘラヘラと笑った。
「・・・対応してくれないということでしょうか?」
小松はワナワナと震えながらそう尋ねる。
「はあ、対応はできればしたくありません。だって命に別状はないのでしょう?」
そう女性は尋ねた。
「・・・」
あまりの言い草に小松は絶句した。
女性はそんな小松を薄気味悪そうに眺めている。
「どうなんですか?」
「命に別状はありませんよ」
「ではいいではないですか。ゴキブリやねずみたちを見てください。彼らは小松さんが騒いだからって怒って苦情を言いますか?」
「いえ、言いません」
「だったら小松さんも言うべきではないと思います」
女性は冷たくそう言い放った。
小松は席を立ち、いきなり何かを叫ぼうとしたが、思い直して再び座り込んだ。
そしてじっと考え込んだ。
言われてみれば確かにその通りだ。
ゴキブリやねずみたちは確かに人間がいくら騒いでも苦情を言ったりはしない。
(そうか。おれはゴキブリよりは恵まれているということか)
ふいに小松はそう思った。
「なるほどあなたの言うことにも一理ありますね。ではもう一度考え直してみます」
そう言って小松は席を立った。
そして丁寧に女性に挨拶し、不動産屋を後にした。

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